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横浜地方裁判所小田原支部 昭和39年(む)115号 決定

主文

本件忌避申立はこれを却下する。

理由

本件忌避申立の原因については申立人の当裁判所に提出した昭和三十九年六月十七日付書面を引用する。

以下右原因について判断するが、本件の問題となつている要点は、証拠選択及びその提出とその取調方法につき検察官と弁護人との間に成立した合意の性質及びその合意の取扱をめぐつて裁判所の訴訟指揮権行使の相当性についてであるので、まず最初に裁判所の証拠調に関しての訴訟指揮権の法的性質と、当事者間の証拠調に関する行為の性質を検討することにする。

裁判所の公判手続における証拠調に関する行為には、証拠調の範囲順序方法の決定変更及び証拠調許否の決定(刑事訴訟法第二百九十七条、以下単に法という)、証拠調行為、そのもの等があるが、その行為の内容は事実行為であることもあり、又作為に限らず当事者の証拠調に関する行為を黙認する不作行為であることもある。そして右行為は事実認定における真実発見に奉仕するものであるが、事実認定における真実発見は、単に証拠と要証事実との間の論理作用によつて決まるものではなく、これは認定者(裁判所)の疑問排除を志向する判断過程の中で行われるものである故、その行為の性質は、認定者の心証形成作用の一場面、又はそのものとして把握されなければならない。従つてかような判断過程の中で行われる行為について、徒らに法的拘束を設けることは事実認定の本質に矛盾する。証拠調について、裁判所は事案の性質と争点、立証の範囲とその程度、当事者双方の証拠調請求の状況、取調の迅速と公平等の諸点を勘案して適宜個々の証拠調を行う裁量権を、特別の規定或いは適法な異議の申立がない限り保有しているのは(刑事訴訟規則第百九十九条、以下単に規則という)、右本質に由来するものである。

一方当事者は当事者主義の構造よりして、検察官においては国家刑罰権実現の担手として責任を負担する立場から、又弁護人は被告人の正当な権利を保護する責任を負担する立場からの制約はあるとしても、法第三百一条のように特に法律に規定ある場合又は同法二百九十七条によりその取調べの順序について特別の定をした場合の外は、その順序について何等の拘束もなく、随時如何なる証拠調の請求もでき(法第二百九十八条第一項)、法第九十九条及び規則第百九十二条の如き義務なき限り証拠の提示は勿論の事、法第三百条所定の供述調書以外についてはその取調を請求する義務もない。従つて以上の範囲においては当事者は証拠調に関する行為について、裁判所の訴訟指揮権に拘束されない裁量権を有するというべきである。

そこで更に、裁判所の前記訴訟指揮権と、当事者の証拠調に関する行為との関連を申立人の主張する検察官と弁護人間に成立した証拠選択提出及びその取調方法の合意に焦点を合せて考察すると当事者間に通常行われている証拠の選択、提出、取調方法等に関する合意は、訴訟法上は訴訟の発展過程におけるその一時点においての前記裁量権の範囲内においての当事者双方の責問権の放棄又は前記当事者の自由裁量権行使の一側面たる性質を有するものであつて、訴訟進行過程における将来に対しては、両当事者間相互の尊重は一種の事実行為としての紳士協定的意味以上の何ものも有しないと解するを相当とする。従つて合意成立後の訴訟進行過程の一時点においては当事者は共に責問権を放棄すべき法律上の義務を負担すべき理由はなく、亦裁判所もこの合意に拘束されるべき何等の法的根拠をも有しない。そして右合意を裁判所の証拠調に関する訴訟指揮権の面からみるとき、該合意は公正迅速な裁判を実現するため、公判手続の進行を主宰する裁判所の証拠調に関する訴訟指揮の一環としての機能を有することから、裁判所はこれを黙認し利用してその合意内容に従い手続の進行を図ることがあり、かような場合は該合意は裁判所の訴訟指揮の一内容となることはあつても、爾後の発展する訴訟手続の進行過程の一時点においてまでその内容となることはなく、従つて、裁判所は該合意に拘束されることなく前記のとおり自からの裁量権の範囲内で自由にこれを変更することができるが、(法第二百九十七条第三項)、訴訟指揮の名の下に当事者の責問権を放棄させる権限は勿論のこと、その外当事者に義務なき行為を要求する権限も有しない。

しからば、裁判所は、仮りに弁護人と検察官との間に申立人主張のとおりの証拠調に関する合意があつたとしても、該合意の存在は裁判所の訴訟指揮権を拘束する効力を有しないことは勿論のこと、合意当事者たる検察官がその合意に反する挙に出たとしても、かような場合検察官の態度はフエアな態度とはいい切れないが、検察官にこれを拘束される義務なき限り裁判所として訴訟指揮権の一環としてこれを制止する何等の理由も無いといわなければならない。しかも、該合意の存否について裁判所が事実調査の要否を決することは前記のとおり全く裁判所の専権的裁量事項に属すものであるから一件記録によつて第三十五回公判期日において当該裁判所が検察官の証人尋問行為の続行を認めたことはこれを認めることができるも、右訴訟指揮の仕方をもつてこれを違法視することはできない。

又、法第二十一条第一項の「不公平な裁判」とは偏頗や不公平の虞れある組織と構成をもつ裁判所の裁判をいい、「不公平な裁判をする虞れ」とは、除斥原因に類似する如き不当に当事者の一方の利益又は不利益を図ると考えられるような客観的特別事情あるときを指称するものと解するを相当とする。従つて前記適法な訴訟指揮をなした当該裁判所に忌避原因が発生することは全くあり得ないことは勿論のこと、若し仮りに右訴訟指揮に申請人主張どおりの相当性を欠くものがあつたとしても、その事実だけでは到底頭書記載の各裁判官に忌避原因があると認めることはできない。従つて申立人の本件忌避申立は、その主張事実(特に当事者間の証拠調に関する合意の存否)について事実調査をするまでもなくその理由がないからこれが却下を免れない。

よつて以上の理由から本件忌避申立は却下するを相当とし主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 内山英二 裁判官 平岡省平 藤枝忠了)

〈以下省略〉

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